マッチングアプリあるある

 ピコン。ピコン。マッチングアプリのメッセージが届く。

 隣のむき出しの白い脚は冷たい。もう昼前だ。8時間以上は寝たことになるが昨晩は大仕事だったので疲れはとれていない。遮光カーテンの性能がいいらしく部屋の中は薄暗い。綺麗好きな女だったが今の部屋の中は汚れている。

 この女とはマッチングアプリで知り合った。友達かと言われれば微妙であるし、彼女でもない。友達としては話も合わないし趣味も合わない。彼女にするには一人の夜を我慢できない精神状態の女はこちらの負担が大きすぎる。簡単に言えばヤることをヤるだけの関係だ。彼女は寂しさを埋めるために、こちらは欲望を満たすために会っている。

 昨晩は焼鳥屋で飲んだ。美味いわけではないが安いしなにより20時を過ぎても営業しているから選んだ。会うのにハードルが上がっている時代ではあるが、その分、人恋しさをこじらせている奴が増えているのも事実だ。体感で言えばコロナが流行る前よりもずっと会いやすい。そもそもコロナが流行っているからと自制できる女は寂しさだって自制している。

 飲んでいる最中、何の話をしていたかは覚えていないがきっと上手に相槌は打てていたからこの部屋で寝ているのだろう。教えてもらったヒップホップグループは確かによかったが名前も曲名も思いだせない。そんな体たらくだがこの出会いを楽しみにしていたのは事実だ。彼女は顔がよかった。きっとマッチングアプリでも入れ食いなのだろう。特に茶色がかった瞳は最高だ。今までの女たちはみんな黒い瞳だ。目が魅力的だとずっと見つめ合うことが苦痛にならないからいい。なぜだか目をみることは対人コミュニケーションにおいて優位に働くことが多かった。1時間も話していれば彼女は自分の境遇を饒舌に語り始めた。親が離婚していて愛情を十分に受けることができなかったこと、ホストにはまって散々貢がされて捨てられたこと、それを機に風俗の仕事をやめて事務員として働いているが上司がうざくて仕事にならないこと。彼女の生い立ちについてはそういうものなのだなとしか思わない。会って1時間やそこらの男にすぐに話せるくらいには彼女の中で整理され言語化されているだけのことだ。

 その話を時間だから途中で切り上げようとすると彼女はまだまだ話足りないようであった。いつもそうしているのであろう慣れた様子でこちらの腕に細い腕を絡めてくる。うちで飲みなおさない?と彼女は自信満々に問いかけてくる。こちらとしては願ったり叶ったりの申し出だ。こちらの家でも構わないのだがルームシェアしているし、後の処理が色々とめんどくさい。話がそれるがルームメイト達に振舞った、前に会った女のシチューは以外に評判が良かった。

 女は駅にほど近いこぢんまりとしたワンルームに住んでいた。綺麗好きなようで掃除も行き届いている様子だった。小さなガラステーブルにコンビニで調達してきた缶チューハイやらつまみを広げる。女は座った俺の足の間に収まった。距離感がバグっているなと思っていたが最近はもう慣れた。酒もつまみも殆ど手を付けていないが彼女はこちらに首に手を回してキスしようとする。俺は顔を背けてそれを避けると女は面白がって続けてくる。それでもよけ続けているとむっとした表情を浮かべて自身の体を後ろに倒していく。腕が首に回っているのでこちらも体が引っ張られる。仰向けに寝転んだ女の顔の横に両腕をつく形になる。女の美しい茶色い瞳が至近距離にある。こちらが飲み屋でしたように彼女の瞳がこちらの本心をはかるように覗きこんでくる。下心が見透かされているようで気恥ずかしくなる心をまだ自分が持ち合わせていることに驚く。

「しようよ」

 と、女は自信に満ちた表情で言い放った。こちらが彼女をテンプレート的に扱っているようにあちらもこちらを性欲に狂った猿のように扱ってくる。静かに頷くと女は勝ち誇ったように笑った。

 両手を彼女の白くて細い首筋にかける。女は少し驚いた表情を浮かべるがすぐに納得した表情を浮かべる。少しずつ両手で作った輪を狭めていく。ねぇと女が声を出すが聞こえないふりをして締め続ける。指に肌が密着しているのがわかる。女が手を剝がそうと腕を掴んでくるのでついつい締める手にも力が入ってしまう。しまった、爪を切ってくればよかったと思うがもう遅い。爪が彼女の肌に食い込んで赤い血がにじむ。本当なら傷はつけたくないしじわじわと締める方がいい。美しい眉間に皺が寄っている。叫ぼうとしているようだが呼吸がうまくいかないのか喉を揺らすことはない。手足をばたつかせて抜け出そうとするが体格差のある男に馬乗りされていてマウントを取られているようでこちらもうまくいかない。何とか手を剥がそうと手を掴むので、今度は彼女の爪がこちらの手に血をにじませている。

「目を閉じないで」

 聞こえる余裕は既にないのか、首を絞めてくる男のいうことなど聞きたくないのか彼女の目はぎゅっと閉じられている。あの澄んだ生気の薄い瞳でずっとこちらのことを見つめ返していて欲しかった。

 手を離す。彼女は目を開いて、思い出したように呼吸を始める。上半身を起こすと自身の喉を手で押さえている。こちらの存在に気が付いたようで距離を取ろうとするので彼女の顎に向けて思い切り拳を振りぬく。

 気を失ってしまったのかそのままぱたりと倒れる。頬を何度か張るが演技ではなかったようでぐったりとしたままだ。立ち上がってリュックから縄を取り出す。縛った後の跡が切り取り線のようになるようにホームセンターで厳選したものだ。細いが強度が十分なもので最近お気に入りの一本である。

 輪を作って女の首にかける。もう片方をどこにかけようかと室内を見回す。天井から吊るしてある洒落たガラスシェードでは少し心許ない印象を受けた。いつもの通りドアノブにかけることにする。あのまま締め殺してもよかったのだが、手で絞殺すと顔中が鬱血してしまって美しくない。それと比べて吊って殺すのは穏やかな表情になるので最適である。ただ吊るのは少し情緒にかけるので前哨戦として首絞めをすることにしている。両脇で抱えて扉の方へと引きずる。脚が長い女だったようでドアノブでも事足りるくらいの上半身の小ささだ。ドアノブにロープにきつく結わえて女の下半身を前に押し出す。ロープの長さの計算もばっちりでぴんと張って彼女の首を吊る。ちなみに首絞めよりも首吊りの方が苦痛は少ないらしい。体験したことがないので詳しいことは知らないし、気を失ってしまった彼女に確かめる手段もない。

 あとはしばらく放っておけば死ぬ。

 昨晩の完璧な仕事ぶりに惚れ惚れとしながら寝床から出る。

 冷蔵庫の中のミネラルウォーターを拝借する。シャワーでも浴びようかと思ったが面倒な気持ちが勝ってやめた。最近はもう涼しくなってきてはいるが冷房を最低温度まで下げておく。リュックに昨晩のロープやら出刃包丁などをしまい込む。釣りの帰りだと言い張って持ち込んだクーラーボックスに女の冷凍庫に入っているものを軽く詰める。保冷剤なんかは律儀にとっておくタイプだったようで助かった。

 女の髪を優しくとく。綺麗な顔面だがあの茶色い瞳はもうない。

 出来ることなら取っておきたかったのだが、どうしても眼球は剥製にできない。下処理の段階で捨てることになる。目だけはどうしても生きているときの方が美しい。だからなるべく生きている間に目のことを忘れないように観るようにしている。

 頭を持ち上げるとクーラーボックスにしまう。今回は上半身を中心に持ち帰ることにした。できれば丸ごと持ち帰りたいところではあるがシェアハウスでの生活をしているのでスペース的な問題がある。脚が一番おいしいのはわかっているしルームメイト達も気づかずに食べるクオリティではあるのだが、今回は革をなめすのに血液がいいという情報を仕入れたので代わりに持ち帰ることにした。

 一緒に寝てくれた女をベッドから出していく。持ち帰ることのできない部位は冷蔵庫に詰め込んでおく。腐る前でも十分に臭いのでちょっとしたおまじないのようなものだ。異臭騒ぎになるまえに部屋を出るのが賢明なのだが、一晩寝るという暗黙の約束を守るために絶対に部屋では一泊していくことにしている。部屋を見渡すと解体のときの血を飛び散らせてしまったので壁が汚れてしまっている。敷金からちゃんと引いてくれるといい。釣り人っぽい服装に着替えて部屋を出る。太陽は出ているが風は涼しい。いたって過ごしやすい陽気だ。こんな日に部屋に籠っているのはもったいないというものだ。

 ピコン。ピコン。またマッチングアプリのメッセージが届く。