2022年第24回大しりとり大会(府中支部)におけるパンダ=シロクマ論争の記録

 その日はA氏とB氏(両名の名誉のために実名は伏せさせていただく)におけるしりとりは白熱し大いに盛り上がった。延長に延長を重ねついにはしりとりDBに登録された語彙の全てを使いきるという歴史上3度目の快挙を成し遂げた。使用語彙のリセットが行われ再試合の準備が整った。開幕はA氏の得意なオープニングであるapple gateで開幕するもB氏はあえてA氏の得意な土俵で闘うぞという意思表示ともとれるsecond gorillaにて応戦した。早くも名勝負となる予感が高まるなかこの悲惨なパンダ=シロクマ論争が起こった。

B「しりとり」
A「りんご」
B「ごりら」
A「らっぱ」
B「ぱんだ」
*1、この時、現場にいた方々に聴取をした結果、どわうーんーんと大きなを音を立てて床が上下に軋んだそうだ。というのもパンダ(*2、今回の論争のテーマである通りこれがパンダであったのかシロクマであったのかは議論の分かれるところである)が天井から落ちてきたということらしいのだ。試合を眺めていた会長Cは“まだ新築のマンションの床に傷をつけられてはたまったもんじゃない”と大声で叫んだとされている。
A「なんだ、これはシロクマじゃないか。この勝負は僕の勝ちだね」
B「いやいやこれはパンダだよ」
*3、確かにパンダ(*2を参照のこと)がお腹を出して寝ころんでいたと現場にいた方々は語る。当時副会長であったDは“きっともう笹の葉中心の質素なランチタイムを終えておねむの時間だったのだろう”と語る。
A「白いクマはシロクマだよ」
B「君はいつだって本当に大切なことが見えていないんだね。この目の周りの黒い縁取りが見えないのかい?」
A「ふん。君のほうこそいつだって目に見えていることだけで判断しているだけじゃないか。あの黒い部分は炭焼きの窯を覗き込んで汚してしまっただけさ。これはただのいやしいシロクマなんだよ」
B「そんなバカな話を信じているのは竹林の奥に住んでいる原住民たちだけだよ。君はもう21世紀に生きているんだ。さっさと認めた方がいい。これはパンダだってことをね。さもないと君は陰謀論を信じているどうかしている奴だってことを自分自身で宣伝していることになる」
A「僕は君みたいな高等遊民が現実から目を逸らして大した証拠も明示せずに自分の感情の域を出ない視点から偉そうに説教しているのが反吐が出るほど嫌いだ。君たちはいつだって僕らのロジックを全く理解しようとしないで相手にするのにも値しないどうしようもない奴だと思っている。向き合って対話しようとしているのは僕たちの方だ」
B「そんなのは言いがかりにすぎないね。君たちの理屈には科学的視座ってものがないんだよ。わかるかい?科学的視座だよ」
A「君たちはいつだってそうさ。難しい言葉を使ってこちらを煙に撒こうとしてくる。後で調べてみればそれは全く大したことではなくて何も本質的なことは言っていないことすらもある。どうせあれだろう。君にしか到達できない叡智の高みにでも上ったつもりでいるのだろう?今だって君が科学的視座に立っていると言い張るのであれば早くその根拠を示して見たらどうだい」
B「君たちはいつだってっていうけれどねぇ。君たちだっていつだってそうやって上げ足ばかりをとって議論を破綻させようとしてくるじゃないかね。こちらがどんなに懇切丁寧に説明してあげようとしたってどうしようもないじゃないか。なんでこんな自明なことを君たちの不勉強のために私がいちいち教えてやらないといけないんだ。それにね、今君の言っていることっていうのは君が証明すべきことをこちらに押し付けてきているにすぎないのだよ。証明すべき責任と言うのはむしろ君の方にあるのだということを理解する必要がある」
*4、このときAがトイレに立ったという話や、そうではなくBが煙草を吸いに行ったのだという話がどちらの説も複数名から寄せられておりはっきりとしない。目撃者のこのような集中力の無さから議論に周囲はあまり乗り気ではなかったようである。
A「失礼、それではしりとりを続けようではないかね。僕はこれがパンダであってもシロクマであってもしりとりにおいてはそこまで大きな問題ではないように感じているのだよ。実際そうでしょう?リンゴもゴリラも実体化していないというだけでその存在は一切の議論を要さずしてしりとりは続行されているのですから」
B「それはこちらの腹の虫が収まらないというものですな。さきにこれがパンダではないからと言っていちゃもんを付けてきたのはそちらではないですか。一言謝罪があってしかるべきでしょう」
A「いやいや馬鹿をいっちゃあいけませんよ。これがパンダかシロクマであるかがしりとりの進行には関係ないと私はいっただけでしょう。これは本当はシロクマではあるのですがここは一度パンダであると仮定してしりとりをすすめようではありませんかと提案しているのです。譲歩しているのはこちらなのですから感謝していただきたいくらいですな」
*5、次の瞬間に怒号が飛ぶのだがAからであったのか、Bからであったのかこれもはっきりしていない。
*6、ここからはよくニュースなので取り上げているのでご存知の方も多いはずだ。知的交流に過ぎなかった議論が一瞬にして血塗られた出来事になってしまい、しりとりが世界的に禁止されるきっかけとなる(しりとり禁止令の発布における規制賛成派と反対派における抗争の詳細は拙作の紹介になり申し訳ないが“しりとりの自由はどこに?:蛇下出版”を参照していただけると幸いだ)。

以下、セリフではなく目撃者の証言を基にした事件の一部始終を文章にて残す。

 AかBによる怒号によってパンダの野生を刺激したようだ。怒号に答えたのはパンダの唸り声であった。AとBはここでようやくことの重大さに気が付いたようで静かに後ずさりを始める。しかし、それはもう既に手遅れの相をなしていた。パンダは一直線に突進した。押し倒されたAは抵抗する術もなくパンダによる一掻きで首がもげている。このときにもげた首はたまたま当時副会長であったDの足元に転がっておりDはそれを抱えて脱出。後にその首を遺族に届けている。パンダはランチを済ませていたという当初の希望的観測とは異なりパンダは人肉をかなり綺麗に平らげている。Aは首が残っているがBに至ってはスーツのカフスボタン以外は何も残されなかった。骨まで無くなるほど食べるとはと当時の会長Cが発言し炎上、この件の責任と合わせて辞任に追い込まれている。また奇跡的にAとB以外の被害者は出ていない。2人のしりとりは2人にしか干渉しないというのが現在の研究における見解である。新築の事務所はAの首が飛んだ時点で赤くなっており、それを見たBは恐怖のあまり失禁して動けなくなってしまい会長Cの呼びかけにも反応せず、Aの血を一舐めしたパンダに膝を掻かれた。この時になってようやく声が出せるようになるがすでに移動手段は奪われてしまっておりなぶるように腰から下を食べられていった。この時の悲痛なBの叫びは府中の市内中に響き渡ったとされる。腰から下がほとんどなくなったころにやっと絶命したようだ。警察が到着したころにはBが無茶苦茶に始めた1人しりとりのせいで現場には誰も近づけない状況であった。現場にはゴリラなど生き物からダンプカーなどの人工物までありとあらゆる名前を持つもので溢れかえっていた。これが並みの人物であれば大した量ではなかったのであろうがトッププレイヤーであるBの語彙力が災いしAおよびBの被害現場に近づくのには1週間あまりも要してしまった。(*7、後にこの対応の悪さに対してAおよびBの遺族が国を相手取って訴訟を起こすが敗訴に終わっている。この辺りもしりとりの自由はどこに?に記載があるのでご一読いただきたい)

 以上がパンダ=シロクマ論争が起こるきっかけとなった事件の詳細である。この時に現れたのがパンダであったのかシロクマであったのか今現在においても世界を2つに分ける大論争となっている。この事件はしりとり具現化事件と当初は呼称されていたが、今現在ではしりとり具現化事件もひっくるめてパンダ=シロクマ論争と呼称するのが本来の姿である。論争のきっかけとなったこの事件も既に50以上も前の出来事であり最近この論争に参加している若者の中にはそもそものきっかけが何だったのかを知らない者も多い。そこで筆者としてはマイルストーン的な役割を果たすことができればと思い、無料公開をという結論に至った。今回の執筆にあたり多大なご尽力をいただきました関係者の皆様には心より感謝申し上げます。多くの研究者の一助となることを願っております。