The Upside Down

 東の空がサクレのレモンアイス色になっている。僕以外は特に可笑しいとも思わないらしくそのまま歩き続けている。道端に落ちているゴミが僕の名前を呼ぶ。囲んでいるビルもリズミカルに体を揺らしながら名前を呼んでいる。行き交う人々の間に立っていると前後から何度もぶつかられる。ぶつかってくる奴らの顔は全部犬の頭をしている。舌を出して息をしている奴と目があうとニタっと笑った。舌打ちをすると犬頭はそのまま歩いていった。僕を追い越していった女からトカゲのしっぽが生えていてぎょっとして後を追った。腕もジーンズから見えているくるぶしも鱗に覆われていた。なんで女だと思ったのだろうと思ったが服装も体つきも女のそれだったからだ。トカゲ女はちらちらと東の空を見上げながら東側に歩いていっている。僕とトカゲ女だけがレモン色に気が付いているのが気になってついて行くことにした。トカゲ女はハイヒールを鳴らしながらカツカツ歩いて行く。あるところで立ち止まったかと思うと僕はまたギョッとした。女が立ち止まったところは崖になっていた。火曜サスペンスとかでよく見る東尋坊みたいだ。ただ1つ異なるのが崖に打ち付けている波が高校の自販機で売っていたイチゴミルクみたいな色をしていたことだ。粘性があってとろみがある。跳ねあがった飛沫の1つ1つが僕に微笑みかけてきた。僕とトカゲ女以外はそのイチゴミルクの海にじゃんじゃか落ちて行っている。その度に泡がはじけてキラキラと光る油膜になって消える。トカゲ女はしばらく桃色の水面を見つめていた。時が満ちたというよう口を開けた。尖った牙の奥から赤い舌が炎みたいにチロチロと揺れていた。口の中に唾液が溜まって光が反射している。さらに奥から何かがせりあがって来る。金色の卵だ。彼女は一気にそれを吐きだして手に持ったかと思うとそれをためらいなく桃色の海に投げ込んだ。その卵は消えてしまったように見えたが明らかにそれが落ちたところから渦潮が起こっている。どんどんイチゴミルクは金色の卵の中に吸い込まれている。良く見ると上の方から吸い込んで下の方から放出していて砂時計みたいな形だ。遂に卵は全てのイチゴミルクを通し終わった。トカゲ女はそれも待っていたように歩き始めた。落ちるぞと思ったがそうはならなかった。イチゴミルクは良く見ると白い煙を上げている。触ったら冷たくてイチゴ練乳かき氷になっていた。トカゲ女はいつの間にかえらく遠くの方にいた。追いつきたいなと思っていたらすぐ隣に犬ぞりがあった。その犬ぞりにはチワワとかダックスフントとか小型犬が繋がれていた。サイズよりも体が緑色なのが本当にこいつらが引っ張っていけるのかと心配にさせた。がそのまま犬ぞりに飛び乗って銀色の棘のついた鞭を犬に向かって振るうと緑犬の表面から青白い蛍光色の体液が飛び散った。それをきっかけとして犬たちは唸り声をあげて毛が逆立って筋肉が隆起しているのが分かる。黄色い歯が震えながらその隙間からよだれが垂れている。俺はもう一度緑犬に鞭を振るった。勢いよく駆け出した。かき氷が舞って顔に当たる。当たった氷はすぐにとけてベタベタした。緑犬はがんがん加速していく。周りの風景が線のように見え始めて触れるような気がして掴んだら掴めた。掴んだら素麺みたいに手のひらでべちょべちょとしてちぎれた。七夕の夜に食った素麺も1本だけ赤いのが入っていたのを思いだす。ただ今、手の中で見えている赤い線は小さな弟との諍いの種ではなかった。素麺で手を切ったみたいだ。血が止まらない。高速の犬ぞりの上で手を振る。血飛沫が空に舞ってレモンアイス色に付着する。そのまま赤のシミは広がっていって黄色は見えなくなってしまった。途端、緑犬たちは立ち止まってしまった。勢い余って犬ぞりから放り出される。手のひらを眺めていたら地面に激突した。激突したが特に痛くはなかった。良く見たらアスファルトだ。素麺で手は切れたのにアスファルトはぷにぷにと柔らかかった。視線をあげるとトカゲ女がいる。鱗は規則正しく並んでその細くしまった四肢を飾っている。その脚が小刻みに震えている。寒いのだろうか。トカゲは変温動物だ。そう思ったがどうも怒っているようだ。歯を食いしばっているようだし舌は燃えるように赤い。顔が怖いのは爬虫類だからってだけじゃないだろう。その証拠にトカゲ女は大きな声をあげはじめた。こちらを睨み付けながらだ。その声に合わせてアスファルトは地鳴りを始めた。音を立てながらビルが生えてくる。出来た街並みはギロッポンだ。トカゲ女が大きく口を開けて顔を近づけてくるものだから慌てて近くのビルに駆け込む。駆け込んだつもりがそこは狭いダクトで僕はうつ伏せの状態で四方を銀色に囲まれていた。後ろから明らかにトカゲ女の息遣いがして後ろをみると確かにそこにいたので前に匍匐前進で逃げる。トカゲは四足歩行が得意みたいですぐに追いつかれたのが分かる。トカゲ女は腹の下を潜って俺の前に回った。しっぽが顔に当たる。その行動で何がしたいか分からなかったがこのままでは殺されてしまうと思った。トカゲ女の上に覆いかぶさる。トカゲはトカゲでも女だ。力は強くない。なめやがって。トカゲ女の顔をこちらに向けさせる。よく見るとかわいい顔をしている。そのまま犯す。抵抗もしない。いつの間にか周りがよくスプリングのきいたベッドの上にいることに気が付く。ライトは桃色でネオン街のホテルの趣だ。何回か腰を振っている内にトカゲ女は真っ白なシーツの中に消えて行った。俺もシーツに飛び込むがバネに跳ね返される。飛ばされた先は芝生だ。よく手入れがされていて切れ味がいいようだ。体のあちこちから血が出ている。緑と赤をクリスマスに採用したやつもきっとこの芝生に寝ころんだに違いない。見上げた空はサクレのレモンアイス色をしていた。