Tie a Yellow Ribbon Round

 俺の刑期は5000年だ。結局、宇宙の探索は満足にできなかった。何万光年と離れたところまでいかないと学術的に価値のある情報は得ることはできない。放出された方向もすでに念入りに探索が行われたところであったので俺の仕事は設備の点検にとどまった。この宇宙ポッドともあともうしばらくの付き合いだ。俺の排泄物や呼気を利用する食料自動生成プラントも小さいながら搭載されておりポッドの中だけで生活のすべてが完結するようになっている。食う寝るに困らないのは地球の刑務所と変わらないがこの5000年俺は誰とも対面していないし、会話していない。地球のものよりも広い独房がポッドとして宇宙を進む。窓なんて洒落たものは付いていないのでモニター越しに外の様子を窺う。ぽうとした光が見える。

 人類は遂に永年の憧れを叶えた。不老不死を手に入れたのだ。この技術を開発した企業は高尚な理念で持って安価で誰でも受けることができるようにした。この理念が高尚というにはあまりに稚拙であることに気が付くのは地球に人類の住む場所がなくなった後だった。

 不老不死者の犯罪者ももちろん出てきた。禁固刑100年が現実のものになったのだ。それはそれなのだが犯罪者に地球の貴重な居住スペースを割り当てるのは馬鹿らしいという世論が高まった。新天地を探して宇宙を探索する動きも相まって犯罪者たちを宇宙へと放出することはとんとん拍子で決まった。そんな仕組みが当たり前になってから刑期は天文学的に増えて俺は5000年にわたって宇宙での奉仕活動を申し付けられた。

 ただそれももうすぐ終わりだ。ついに俺のポッドは太陽系の外縁まで到達した。人で溢れた地球に帰るに当たって俺はメイに向けてメッセージを送った。メイは地球に残してきた妻だ。5000年近く連絡をとっていないのでメイが俺のことを待ってくれているのかわからない。帰還にあたって1度だけ連絡をとることが許されている。送った連絡の返信を受け取ることまで許可されているが今回俺はそれを拒否している。5000年前に結婚していた男から来た連絡など彼女からしたら迷惑だろう。などとごたごたと考えたが結局のところ返事がないのが怖かったのだ。メイも不老不死者になっているが精神は成熟しつづける。心変わりなど当然のことだ。それでも連絡を彼女にしたのは淡くて甘い期待をどうしても捨てきれなかったからだ。もちろん彼女からの返信はない。一つだけメイにお願いをしていた。もし俺が帰って会ってくれるのなら信号弾を打ち上げてほしい。それだけメッセージの最後に書き添えた。もしそれが見えなければ俺はスイングバイで元来た道を延々とさまよい続ける覚悟であった。人間が社会的動物であるがゆえの罰として5000年も宇宙に放出されているのだ。誰かと話したくてうずうずしていたはずだがいざコミュニケーションとれるとなった時にどういう風に伝えればいいのかわからなかった。

 この5000年はほとんどメイのことを考えていたように思う。メイは俺のかかりつけ医だった。見た目は20代後半くらいだったが実年齢は150歳くらいだったように思う。俺は結婚当初はまだ40年ほどしか生きていなかったので110歳差カップルだ。ただ見た目は俺も彼女も20代後半であったから特に不自然な様子はない。見た目は10代や20代で固定されるようになってから歳の差は本当に気にされなくなった。ライフステージが移行するというよりは循環していく形になったので同じスタート地点であることは大した問題ではないのだろう。それでもメイは俺なんかよりもずっと大人びていたし達観して物事を考えていたように思えた。俺たちは2人の子供をもうけた。人工制限政策が大々的に実施されているうちは俺とメイの一生の納税額を考えても2人が限界だった。結婚して5年後にできた兄はルイ、10年後にできた妹はナオミと名付けた。5000年前の時点で既にそれぞれ成人して立派にやっていた。ルイは医療技術センターの最年少所長として州から勲章を貰っていた。俺にも早々と孫の顔を見せてくれた孝行息子だ。娘のナオミも母親と同じ医学の道を志した。ただナオミは不老不死に対する嫌悪感があったようでその施術は結局受けていない。俺がこのポッドに乗せられるときには既に俺よりも老けた見た目をしていた。

 子供が2人出来て何十年経ってもメイはずっと美しく聡明であった。黒い髪はいつも艶々としていたし横顔のフェイスラインは惚れ惚れするほどシャープだった。1度目のデートで映画のエンドロールに照らされる彼女の鼻の形がいかにも自分好みなことに気が付いた。仕事中のメイは落ち着いていて決断の早い医師だったような気がする。プライベートの彼女も落ち着いていたが仕事中よりもよく笑った。それに気が付いたのは2度目のデートで中華料理屋で北京ダックを食べている時だ。一度皮から外した鶏肉をまた鶏の皮で包んでいるのをみて可笑しそうにしていた。3度目のデートで一緒にマグリットを観に行ったときにはすっかり彼女に夢中だった。

 彼女は150年生きていたが俺が初婚だった。それまではずっと医師としての技術の向上に集中していたらしい。結婚を意識するチャンスは何度かあったらしいが興味もなかったし必要に迫られることもないので何となく結婚せずにいたという。そのせいか散々メイの同僚たちにはどんなマジックを使ったのかとからかわれた。俺はただデートを重ねて付き合ってプロポーズした。そこにテクニックとか何か特別なことはなかったはずだ。彼女をデートに誘ったのは電子カルテを見つめる彼女の横顔をたまらなく別の場所で見たかったからだ。

 結婚してからは家の窓際に置かれたカウチに座ってタブレットに目を落とす彼女を見るのが俺の特権だった。西日が彼女の産毛に反射して輝いて俺の視線に気が付いて微笑む。第三者からすれば大げさな話なのだろうがこれが幸せの形なのだと思った。

 そんな生活は何十年か続いて思いのほか簡単に終わりが来た。

 俺が犯罪者になった。家に警察が来た時はいつも落ち着いているメイも驚いた顔をしていた。留置所に入れられてそれからしばらくは彼女との面会も叶わなかった。俺が警察に連れられてから彼女の顔を見れたのは3回しかなかった。留置所の中で1回、裁判所で1回、ポッドに乗り込むときに1回だ。その3回とも目は合わずに彼女の艶やかな黒髪しか目に入らなかった。

 警察は俺のささやかな奉仕活動に目を付けた。月に1度俺は人を殺していた。ただ快楽的に殺していたのではない。死にたい人を殺していたのだ。我々はもう不老不死で病気にもならない。体は医師がいつもメンテナンスをしてくれている。死ねる可能性があるのは過失致死、自殺か他殺くらいのものだ。過失致死に関しては車両、刃物や薬にいたるまで人を傷つけうるものはすべて人の手を介さないように全自動化されており街から危険は取り除かれている。初めてこのボランティア活動に手を出したのは職場の同僚が不老不死になったことを後悔していると打ち明けてきた時だ。ヘーゼル色の瞳をした彼女はベッドの中で何度も殺してくれと懇願してきた。首に手を掛けたときの彼女の表情は穏やかなものだった。ただ初めて死を目前にして取り乱したようでもあったがやめてしまって彼女の苦痛が長引くのは何よりも避けてあげたいところであった。死体は利用ポッドにぶち込んで置いたら翌日にはしっかり炭素ブロックになっていた。これは結婚するよりもずっと前の話だから大して問題にはならない。

 この手の悩みを抱えている現代人は多くて俺のボランティア活動にはなかなか終わりが見えてこなかった。警察が把握しておらず俺も覚えていない自殺志願者たちは裁判所で言われた162名よりももっと多いのかもしれない。

 今となっては彼女がどんな瞳をしていたのか思い出せない。輪郭や髪の質感は覚えているのだがどうしても思い出せない。

 俺の刑期は5000年が言い渡された。この人数を殺していれば異例の短さらしい。何にしてもメイは殺人鬼の配偶者になってしまった。

 帰還のメッセージは身内にしか送れない。メッセージを送るときに彼女がまだ自分との関係を解消していなかったことに驚いた。確かに5000年も経てば噂も消えるだろうし当時を知っている人々の割合も低くなるだろう。それでも5000年も待ってくれているととれる行動を思うと期待せずにはいられなかった。

 もう地球が見えるようになってきた。そろそろ信号弾が打ち上げられていてもおかしくない頃だ。気にしないようにしてはどうしてもモニターをチェックせずにはいられない。そわそわしてしまいこの生活で唯一の楽しみである食事も喉を通らないのは久しぶりのことだ。返信の受け取りを拒否して信号弾の打ち上げてもらうことには金がかかるのは百も承知のことなので少しでも手間だと感じられれば見ることはできないだろう。面倒なことを頼んでいる自覚はあるが拒否されて当然であることに自分以外の理由を付け加えたいずるい心も働いている。

 モニターを毎日見続けた。が、もう地球は目の前だ。あと数時間でスイングバイの軌道に入ることになる。ずっとモニターの前にいたが信号弾は確認できなかった。全身の力が抜けるのを感じる。それはそうだと思う。自殺ほう助とはいえ殺人鬼であることには変わりがないのだ。俺はモニターをオフにしようと手を伸ばすと画面の端で白い線が伸びていることに気が付く。よく見ると白い線は何本も伸びている。その中で伸びていった先で黄色い光を放つ。画面は黄色一色で埋め尽くされていた。

〈了〉