カロリーメイト

 黒のカーペット 白い壁紙 黒のオフィス用チェア 黒いPC 外部ディスプレイ(電源が入ることはほとんどない) 黒っぽい木でできたコート掛けにつるされた 真っ黒のスーツ ほとんど黒と白で構成された俺の部屋に これまた黒くてでかいPC用デスクがあって その隅に 黄色いパッケージのカロリーメイトがバカみたいに積みあがっている
 これらが俺の主食になってから そろそろ半年が経とうとしている だいたい去年の夏ぐらいに始まって ただ 俺は健康そのもので 黄色いパッケージには味ごとに ピンクとか、黄緑とか、白の文字でロゴが書かれ その下には ”バランス栄養食” と控えめに書かれている  こればっか食ってても死なないもんだからそういうことなんだろう その下にはでかい六角形が タンパク質、脂質、糖質、ビタミン、ミネラル、食物繊維と いっぱいまで広がっている つまり そういうことなんだろう!
 仕事をしてた頃は 会社に行けば何食わぬ顔で朝から晩まで仕事し たまにランチに誘われればスパゲッティだの 寿司だの トンカツだのを食い そいつらはやっぱり、旨かったり そうでもなかったり 別に誰かと同じような食事をとらなかったわけじゃない たまに飲みに誘われればついていき ほどほどで帰る しかし家ではこの黄色い箱に四本ずつ、やや甘い、腹持ちのする、この棒 それ以外のものを口にすることはなかったわけで 主食と取り扱って良いだろう
 さて 俺がカロリーメイトを主食と定めてから 定めた覚えはないが 俺のワンルームを訪れた人間が三人いる


【メープル編】
 ひとりめは まだこの生活の浅いころ 夏の盛りだ よく晴れた日にやってきた女性 元カノだ、今となっては 俺が一緒に外出しなくなって 急に連絡も取らなくなった それで、来た 事前連絡もなく 選挙の時期 街宣車がうちの前を三往復位した 俺はその時期 騒音に敏感になっていたが 街宣車は不快ではなかった 不思議と 俺は長期旅行者のように新聞がたまった郵便受けから 選挙のチラシみたいなんを取り出し 候補者の人生を考えた 予想できる範囲で 詳細に
 そうしていると彼女が来た インターホンが二度鳴った 俺は生活に引き戻されて ぎょっとした 街宣車の騒音より、うるせえ
 そこからの会話 あまり覚えていない 昔の話だ 遠い昔の 彼女は俺の人生から消えた あの政治家は当選した のちに俺の生活費の出元となる 不透明な組織に属しているんだ すなわち 政治家の方が身近だ その時点で俺は 三年付き合った彼女よりも 政治家の人生に詳しい 彼女の出身高校の名前すら知らない 岩崎おさむ 国民党候補者(現:東京都知事) 彼の出身校は知っている! 俺はずっと 彼女の爪を見ていた きっついピンク色 カロリーメイト、メープル味の文字色 冗談染みた色 真面目な話には、似つかわしくない


【フルーツ編】
 そうして彼女と別れ ふたりめの客人は 秋口に来た 昨年の秋、思い返せば長かった 適度な気温 ドラッグストアに行きやすいから楽なんだ 俺は会社を辞めた
 地元で事業に成功した幼馴染 東京に越してきた 何か知らんが 製薬関係だそうだ 製薬 俺はカロリーメイトを主食としながら 医師に処方された薬を飲み始めていた たいして何か 変わった気はせんが
 「東京は寒いな」そいつは変な黄緑色のダウンジャケットを着ていた 金持ちになるとセンスも 季節感覚も 壊滅するのか知らん カロリーメイト、フルーツ味色でキメたようだ そもそも ダウンジャケットを着る寒さではない
 「無理せんでええけんな」 幾度となくそいつは言った 俺がシャワーを浴び マシな服に着替え 煙草を吸い その間二十回と言った 無理はしていない 良い身分だろう お前の一パーセントのエネルギーを入力し 出力している 日々くりかえし、入力し、出力している
 そいつは 遠い昔の知り合いの記憶をせっせと掘り出してきて 全員のゆるやかな結末を 教えてくれた


【プレーン編】
 最後の客人は最近だ 年が明けたか明けないか知らん その辺だ そしてあろうことか、他人だ 俺は暇潰しにマッチングアプリをはじめて 何だか知らんが そいつが家に来るらしいと
 俺は丁重に招き入れた 俺の城に 他人と会うのは それはどういうわけか 気が楽だった そいつはアプリとは別人みたいな顔で 髪の色と服だけが 写真のまんまだった 俺は感心した 髪は真っ白に染まってて 痛そうなピアスが何個か開いて メイド喫茶の子みたいな服を着てた 仕事でもあるまいに
 会話など 続くもんじゃない そいつは黙る度に 積まれたカロリーメイトを凝視していた 一番上はプレーン味 プレーン、安直に真っ白な字体、お前の髪色のようだ 教えてやりたかった、それは元来 死にゆく人間の色だと
 ねえ、しようよ、と 何度目かの沈黙の後 そいつは言った 久しぶりにまともな欲に触れた! しかし俺は断った 思えば数ヶ月、勃起していないのだ 無理な相談だ
 「バカじゃないの」とそいつは言った 怒ったみたいで そのまま帰ってしまった 十分間も滞在していないだろう? 俺は何日かぶりに、笑った それから黄色い箱に爪を立て 乱暴に押し開けた