表へ出ると、広い通りがまっすぐに家の前を通っていた。その中央に立って周囲を見た。眼に入る家は全てが4階建で、しかも、すべてが同じ色だった。どの家も同じようなので、家を出て数歩歩き、振り返ってみると、どの家が今出てきた家なのか分からないほどだ。不思議な街だと思う。
街全体を灰色の空気が覆っていた。それは街のはずれにある工場が吐く煙のせいであり、また、時折通る黒い自動車の排気ガスのせいであった。夕暮れのピンク色の太陽光が、スモッグの粒子に乱反射した。そして4階建の建物の一面を染め、一面に暗い影を落とした。
狭い路地を右へ、左へと曲がった。途中で大きな道路に出た。道路にはトラックの列が続いていた。衛星写真で見ると蟻の行列のように見えるのだろうな、と思った。控えめなエンジンの音が続いた。タイヤとアスファルトが擦れる音が続いた。これはどこからどこへ、何を運ぶ群れなのだろうかと考えて、ふと立ち止まった。すると、後ろから覆い被さるように、背の高い人間が自分の肩を押すのを感じた。左肩を押されたので、右によけるとそこにもまた背の高い人がいた。そうやって皆押し合っていた。全員が無言だった。
黒い群れが押し合いながら進んでいく。数千、数万の頭が、無言のまま少しずつ上下した。遠くの方はピンク色の霞の中に見えた。自分はそこから出ることができない。右も左も塞がっている。
歩きながら、どのようにしたら帰ることができるだろうか、と不安になった。自分が出てきた4階建の建物はもはや遠くにあるらしい。自分がどのように路地を曲がり、どの方角に大通りを進んでいるのかがはっきりとしない。そうして無言の群れに飲み込まれて進んでいる。排気ガスの匂いがする。
列が下り坂に差し掛かった時、ずっと前の方に、黒い群れの中に松葉杖をついている人間を認めた。その人は、自分と同様に列の中で押され、左右にふらつき、苦しんでいた。それにもかかわらず、列から抜け出ることは許されず、後から来た人間に抜かれながらも、必死で前に進んでいた。その様子が醜く思えて仕方がなかった。そのうちその人も流れに完全に飲まれて見えなくなってしまった。
列はある広場に向かって進んだ。広場の入り口を過ぎると、列は左右に広がり、ばらけ、溜まった。五、六本、他の道からもこの広場に流れ込んでくる波があった。そうして黒い人並みが、ピンク色に鈍く光る灰色の石畳の広場を埋めた。自分は石畳のよく施工されていないものに躓き何度も転びそうになったが、なんとか留まった。こんなところで転んでは踏み殺されてしまいそうな気がした。
広場に入ると、一方向の流れではなく、湖のように人は溜まったので、自分は多くの人間とすれ違うこととなった。無個性な人並みの中に時おり、目を引く存在があらわれることを確認した。たとえば腕を三角巾で吊っている人間だった。たとえば、手首に白い包帯を巻いている人間だった。支えの器具をつけて首を固定している人間だった。彼らは、無言のまま、人溜まりの動きに沿って動いた。そしてそれぞれに特有のぎこちなさを見せた。
何度も来た道を振り返ろうとしたが、今や広場に通ずるどの大通りを歩いてきたのかも定かではない。ときおり現れる”折れた”人間と、失われた自分の帰り道のことが、ひとつづきに思えて仕方がなかった。