Good Scent Hunting

 懐かしい曲を聴いた時に特定の匂いを感じることがある。しかしそれは、例えば大学時代の友人が好きだった曲を聴くと、彼が運転する車の匂いが関連付けられてよみがえってくる、というようなものとは違う。音のどこかに反応して、鼻の奥のほう、前頭葉と鼻腔のちょうど真ん中のところにぷつっと棘が立つような。それが顆粒の入ったカプセルのように溶けだし、徐々に当時の視覚的なイメージを伴ってくる。匂いと呼ぶのは不適切かもしれない。ただ鼻の奥で感じる以上他の言葉も適当でないように感じられる。
 そのような匂いのひとつを、僕は最近失ってしまった。

 先日、新宿駅南口で路上ライブをしている男を見かけた。男は路上ライブには珍しく、海外の楽曲をメインに弾き語りをしていた。僕は待ち合わせだったので、男の演奏を聞くともなく聞いていた。男はビートルズの楽曲を数曲演奏した。格別特徴のない声だった。
 その日は混雑しており、僕は相手と会いかねていた。メッセージのやりとりをしながら、わかりやすい場所を探して移動しようとした時、男がCメジャーキーの聞き覚えのあるイントロを演奏し始めた。僕は男からは見えない場所でさりげなく足を止め、男が歌い出すのを待った。

 この街を出て行きたい
 古い街にいいことなんて何もないから
 危険のサインが頭の中をぐるぐると回っている……

 オアシスの『Half The World Away』だった。僕は中学生の頃、オアシスをよく聴いていた。それ以降はあまり聴かなくなってしまったため、曲によっては特定のイメージと結びつきやすいバンドだ。この曲は中学校の卒業式と関連付けられていた。それは卒業式の日、自宅に帰ってから部屋で何度もこの曲を再生したからだった。あれからずっと、聴くたびに、僕はこの曲の匂いとそれから染み出してくるイメージをありありと思い出す事ができた。あの橋の上……。
 待ち合わせていた友達と飲んだ帰りの電車で、僕はSpotifyで『Half The World Away』を検索し、聴いた。音源ならばあの匂いがよみがえってくるはずだった。しかし、酒に酔っているからなのだろうか、求めている匂いを感じることはできなかった。
 次の日には部屋で何度も聴いた。あの匂いを最後に感じたのはいつだっただろう?僕はイヤホンでその曲を聴き、スピーカーで聴き、それから、当時はYouTubeの違法アップロードで聴いていたことを思い出して、あえて悪い音質のものも試してみた。全て無駄だった。
 どうすればあの感覚を取り戻すことができるのかわからなかった。この曲の匂いを失うことは、僕にとって大きな喪失だった。それならば――僕はあの橋の上で、この曲を聴いてみようと思った。長らく帰っていなかった実家に帰省することにして、衝動的に来週末の飛行機のチケットを取った。取ってしまった後で、自分の執念に呆れて笑った。それほどまでに求めていた。


 到着したのは土曜日の昼過ぎで、実家には母親しかいなかった。父親はたまたま出張に出ているということだった。玄関で僕を出迎えてくれた母親は、記憶よりかなり年を取って見えた。目立たなかった白髪が増え、背も少し低くなっているように感じた。そうやって地元では数倍のスピードで時間が流れていることを実感するのはつらいことだった。母親は急な帰省に驚いていた。もうすぐ年末やのに、どしたん、と言った。そこからしばらく近況の話をした。母親はコーヒーを出してくれると言ったが、僕は一度、ひとりになりたかった。そして例の曲を聞きたかった。あとにするわ、久しぶりやし、ちょっと散歩いってくる、と言った。
 僕は家の外に出た。途端にざらついた冷たい空気が鼻の奥に刺さった。冬の晴れた日に、太陽は風をあたためはしない。ただ土地に合わせてそのにおいを空気にたっぷりと含ませるだけだ。僕は家の前を通っている川沿いの遊歩道を歩きはじめた。河原を覆うすすきの合間からところどころに澄んだ水が見えた。
 この道は正面に見える山に向かってなだらかに傾斜している。左側には民家の裏庭やこじんまりとした果樹園、駐車場が続く。右側からときどき、人工的な流れが川に合流する音が聞こえる。川岸を支えるコンクリートの隙間から、パイプを通って流れ込んでくるのだ。
 少し上流にいくと、川には橋が二本架かっている。手前側の橋を渡ってすぐのところに、通っていた中学校がある。対岸の遊歩道からでも部室の裏側や職員の駐車場が見えるほどだ。学校側の土手には斜めに生えた桜の木が二本、少し枯葉を落とし、すすきの群れに影を落とすようにして立っている。
 僕は橋に到着した。川の中央付近まで歩き、橋の上から景色を眺めた。通ってきた遊歩道がかなり遠くまで見渡せた。僕の家付近から奥は曲がって見えなくなっている。
 しばらく手すりによりかかって川を見た。風が吹いてすすきの群れを同じ向きに倒していった。所々雑草の塊が風に抵抗した。僕は曲を再生してみようと思った。携帯を取り出して、Spotifyを起動し、ワイヤレスイヤホンをつけた。
 『Half The World Away』のイントロの気怠いリフが聴こえた。アコースティックギターのメジャーセブンスコードが鳴るのが聴こえた。
 
 この街を出て行きたい
 古い街にいいことなんて何もないから
 危険のサインが頭の中をぐるぐると回っている……

 なんの匂いもしない。

 君は世界の反対側にいる
 世界の反対側に……

 僕は橋の上を家に向かって歩いていた。やや前を女の子の二人組が歩いている。駅伝チームでずっと一緒に走ってきた後輩たちだ。普段、彼女たちは橋をまっすぐ行った方向に家があり、僕は川沿いの遊歩道に曲がってしまうので、帰りはほとんど一緒にならないはずだった。しかし今日は、彼女たちがこちらの様子をうかがっているような気がした。何度か振り返りながら、なかなか前に進まずゆっくりと歩いている。僕はちょっと気まずく感じた。このままでは橋の上で、彼女たちに追いついてしまう。追いついてしまったら、何を話せばいいのかわからないのに。
 僕はできるだけ速度を変えないように歩いた。学生服の太いズボンが春の風を受けて少しだけ揺れた。卒業証書の入った筒を持ち直すと、太陽の光をよく浴びていて温かく感じた。彼女たちはもう少しで橋を渡り終えるところで立ち止まった。
 二人組のうちのひとりが、完全に僕の方に向き直って足を踏み出した。僕はその瞬間、なぜか、怖い、と思った。心臓の鼓動が速くなるのを感じた。僕はそのまま彼女に近づいていった。
 彼女の顔が近くではっきりと見えた。昼間の太陽に照らされて不自然なほど白く見えた。その表情は僕には理解できなかった。単純に、眩しさに目を細めているようにも見えた。同時になんだか泣き出しそうな顔にも見えた。彼女が何か言おうとした。
 「楽しかったよ」と僕はなかば反射的に言った。彼女がこれから口にすることが何であれ、言わないでほしかった。それがとても寂しくて、悲しいことだという確信があった。
 「今までありがとう」僕はそのまま間を空けずに続けた。空虚な二言だったけれど、彼女の前を通り過ぎる一瞬を埋めるには充分だった。僕はそのまま逃げるように顔を背け、遊歩道の方に向かっていった。しばらく進んだ後で振り返った。彼女たちはもう橋の上にはいなかった。僕は安心した。その直後に心を握りつぶされたような感じがした。対岸の桜の花がやや色付き始めていた。

 帰宅して玄関を開けたとき、僕は今回の帰省で初めて、僕の家特有の匂いが驚くほどはっきりしていることに気がついた。この土地でのことは何もかもが薄れていってしまうのに、こんなに確固とした感覚がしぶとく残っていることを不思議に思った。
 「誰か知っとる人に会った?」とキッチンで料理をしていた母親が振り返って聞いた。
 「いや」とだけ僕は答えた。
 僕は年を取っていく。目の前にいる母親は、僕の何倍もの速さで年を取る。しかし同時に、僕が知覚している世界の大部分は、時間の流れがない透明なキャビネットに過ぎない。曖昧な記憶や懐かしい音楽を閉じ込めて、日焼けしないように黒いカーテンで覆う事はできる。そうすれば記憶の中の者は永遠にそのままの姿で生き続ける。それでも、いずれはそこから自分自身の感覚が失われていく。雨上がりにコンクリートが乾いていくように、声が、光が、そして匂いが薄れていく……。
 僕は少しだけ、彼女たちが生きる世界の反対側のことを考える。