Twenteenage Wasteland

twenteenager
A twenty-something who still acts like a teenager: still lives at home, parties every weekend, drinks energy drinks mixed with alcohol (see: FourLoko), thinks excessively about themselves. – Urban Dictionary

 「手紙来てるよ」と彼女が言った。手紙?珍しい、前の住人宛のものが間違って届いたんじゃないか。しかしすぐに誰から来たものなのか見当がついた。あいつしかありえない。
 ひと月前まで、僕は友達と同居していた。幼馴染で、東京に来て再会して、ふとしたことから2年間一緒に住むことになった。背が僕より20センチも高くて、髪の赤いやつだった。たまに横並びになると身長差が際立った。それから、そいつは小説を書いていた。毎月のようにどこかしらの新人賞に応募しては、一次審査に落選した。よく郵便局までのお使いを頼まれたのを覚えている。
 彼女が封筒を持ってきた。彼女は朝から出かける用事があるとかで、手紙を僕に渡すとすぐ出て行った。僕は封筒を見た。やはり、あいつだった。封筒にはスヌーピーとあの名前のわからない、黄色い鳥が印刷されていた。僕はそのセンスに苦笑した。まだ内容はわからないが、アラサーの元同居人にスヌーピーのレターセットで送ることがふさわしい手紙等あるはずもなかった。鋏で封を開けた。便箋にもまたスヌーピー。

 お元気ですか。他人に手紙なんか書くのは久しぶりだから、うまく書けるか分かりません。
 彼女さんとの生活はどうですか。ちゃんとしたご飯も食べるようになって、もうあんなバカみたいな量のスパゲティを茹でてつけ麺みたいにしてバクバク食べていることもないでしょう。俺は今でも、スパゲティを茹でるときにはいつも、君がクリスマスにくれたロッシーニの泥棒かささぎをオリジナルLPでかけます。君はオリジナルLPだと言い張っていた気がするんですが、クラシックのLPにオリジナルもクソもあるかい。このことには最近気づきました。
 俺はひとりになって一ヶ月近くが経とうとしています。すぐ遊びに行くからって言って、全然来てくれないじゃないですか。まあ、お互いわりに遠いところに引っ越したからね。

 俺が一時期、ご飯を食べられなくなったことを覚えていますか。とくに身体的に不健康というわけでもなかったけれど、夜に眠れなくなり、食事が喉を通らなくなった。君にはすぐに気づかれました。換気扇の下でいつものように煙草を吸っていただけなのに、なんかあったら言ってな、と言ってくれました。君は当時、夜勤だったから、生活リズムは君と一緒になり、君が休みの日は朝方までずっと話しましたね。ある日、君は疲れているだろうに、深夜勤務から帰ってきて夕方まで、俺が昼夜逆転の生活から起きてくるのを待っていてくれたことがありました。そして俺が今の家に住むための手続きで不動産屋に行くのに付き合ってくれました。ひとりでは外出もままならなかったから、実は君がいてくれてとても心強かったのです。
 ちょっと寒い日でした。君は不動産屋に同行してくれた後、俺を駅の近くにあるバーガーキングに連れて行ってくれました。君は一時期狂ったようにバーガーキングに行っていたから、食事はそこしか選択肢がなかったのでしょう。持ち帰りにするか、と君は聞きました。俺は食欲がない、でも出先でなら食べられそうだと言いました。本当にそんな気分がしていたのです。それなら、と君はイートインを選んでくれました。君はでかいバーガーのセットを注文し、俺は一番シンプルなハンバーガーを注文しました。
 そのとき何を話したのかはまったく覚えていません。でも、あのバーガーキングの客席が妙に区切られていたことは、なぜかよく覚えています。今になって考えてみれば、あれはもともと喫煙席が区切られていたのを、都の条例で喫煙席が廃止になったから、かたちだけがそのまま残ったんでしょうね。

 「鬱になるくらいの人間のほうが、信用できる」と、君は何かの流れで、そう言いました。
 そのとき俺は特にどうも反応しませんでした。でも、その言葉にどれだけ勇気づけられたかわかりません。当時の俺は、それはそれはひどい生活を送っていました。何にも自信がありませんでした。自分自身の才能を強く疑っていました。自分ではどれだけいいと思っても、出版社の人間が、これも燃えるでな、と雑にプラスチック包装と一緒くたに可燃ごみにぶち込むような、結局はそんなものしか書けなかった。でも、少しは救われた気がしたのです。この先俺が世間から黙殺され続けたとしても、才能を誰からも信じてもらえなかったとしても、あの時の君の信用にちょっとでも値する人間であれたのなら、それは俺にとってどんなに大きいことかわかりません。

 あの2年間は俺にとって何だったのだろうかと、時々考えます。バシッと決まる答えはないみたいです。それはそうです。あの期間、結果としては、俺は何も残していないに等しいのですから。でも、あとから振り返った時に、ちょっとだけ眩しく感じるようなかけがえのない2年間だったことは間違いありません。この後俺は成功しないかもしれないし、ひょっとしたら成功するかもしれない、しかし今後どんなにいいことが起ったとしても、あの2年間に代わるような日々はもう訪れません。俺の二十代後半のあの時期を、十代で荒野を旅しきれなかった者がしかたなく流れ着いた日々を、これほどまでに良い友達と毎日ゲラゲラわろて過ごせたことが、嬉しくて、誇らしくて、仕方ありません。どうにもならない人生も、ふたりだとそこまで怖くなかったな、って、いつかはそう思い出されるはずなのです。

 僕は彼女が間違えて読まないように、その手紙を丁寧に折りたたみ、封筒に入れなおして、本棚の奥にしまった。最後の方は、なんだか子供みたいな字だった。